黎明

よく見る夢は無いけれど、忘れられない夢がある。ふらついた高校卒業間近に見た夢。あの懐かしのグレーのセーラー纏うノノさんが向こうを見ていて、薄い身体翻し、俺だけに完璧に破顔して言うのだ。「さびしいの?ジジくん」あの涼やかな目元をこれでもかと…

無軌道プリズム

彼の青い林檎の青は、絵の具の青だったのだ。割れた鏡に接吻。接吻はまだ読むので精一杯。▽頁を繰る。その頃ララくんは特に寡黙で、口を開いたかとおもえば飛び出す言葉はよく研がれた鋭利な刃。言葉を知らないひとだとおもっていた。感受性に欠けたひとだと…

白昼夢プリズム

「おまえは、おまえは、奇麗だね」「僕もそこに連れてって、ください」「傍にいてください」あたしたちのあの町のさいごの春は、白昼夢のように、朧げ。まぼろしの吊り橋。ララくんは膝からガラガラと雪崩れ落ちていく。「連れてくのはララくんだよ」力の抜…

回り灯篭

雪の降る動物園に行ったことがある。ふたりで抜け出した狭苦しい町、収縮してく。ピアスホール空いた切符握り締め乗り込んだそこは、がたがた蠢く動物の体内のようだった。当時、日の射す時間帯に隣の尖った耳した中学生の彼の姿を認識したのは初めてだった…

赤とクレテック

世の中不思議なもんでどうやら月明かりという言葉が未だ不滅らしい、月が明るいらしい、月を数値化するらしい、明度数値らしい、月を模そうと球に行き着いたらしい、指先に宿る太陽系蹴飛ばしても構わないらしい、グシャリ。その瞳にインク一粒垂らすためな…

黒とエトワール

レイトショーの終演、ステップ踏む帰り道のスパンコール纏う夜は羽根が生えるから背が痛んだ。此処は明るい黒。あの決して此処ではない世界を、此処に溶かし込む。扉は開けない、此処は確か物音を嫌うから。▽スクリーンのなかの彼らは恋だ愛だを唱えたが。わ…

春の夜

歩く。その薄く色づいた砂浜を、歩く。「星の砂って、有孔虫の殻なんだって」永遠性を忌むノノが、どこまでもつづいているみたいに、波に攫われてしまいそうになりながら、歩く。「まあ、実際に砂であるよりかはロマンあるわね」ほら、ねえ、視界が、よるが…

溶存酸素量

彼女はよくここにフラリと現れた。よく見たペンキに浸したような手土産は無かったから、換気せずに済んだ。ただ、いつも踊るような足取りの彼女に、重いグレーのセーラーは似合わない。▽いまでもよく覚えてる、どうにも病弱で、走るのがにがてで、しゃきしゃ…

インブルー

ホワイト・アネモネを押し花にした。進路調査書を出した。空が深くなった。やってきたこの夏も、まだあの日を追い越せずにいる。あの日、青の日。フィンセント・ファン・ゴッホの生み出す貪欲なほどの青を見つけた日。間違いなくあの瞬間、世界じゅうは青に…

シークレットピアス

「閉じそうなピアス穴が埋まりきらないうちに目ぇ合っちゃいましたってんならまだ言い訳もきいたのにねえ」悪魔のように整ったカオをした目の前の男は微笑む。この忌々しい背を引き裂いた、忌々しい羽根を透かせて。「おっせーーーーよ」▽シークレットピアス…